なぜパイロット不足は起きたのか
パイロット不足は「需要が上がったから」という単純な理由で説明できるものではありません。 コロナ禍の急な需要回復、なり手不足、大量退職—— これらは原因ではなく、あくまで現象として表面化した“結果”です。
需要が急増したから足りなくなったのではありません。 退職者が増えたから崩れたのでもありません。 それらは、もともと内在していた構造的な脆弱性が、 外部環境の変化によって一気に可視化されたに過ぎないのです。
「不足」という言葉は突発的な事故のように聞こえます。 しかし実際には、制度・資本・採用・育成の設計が長年更新されなかった結果、 需給の歪みが時間差で顕在化しただけです。
参考データ・関連資料
ボーイング社 パイロット需要予測
Boeing Pilot & Technician Outlook(世界長期予測)。 世界の航空需要とパイロット需要の中長期見通し。
Boeing Pilot & Technician Outlook →パイロット不足になることは、2000年代初頭にはすでに業界内で取り沙汰されていました。 世界では需要に追いつくため、育成の規模を拡大し、訓練スピードを上げるなど様々な取り組みが行われてきました。
しかし、それでも不足は解消されなかった。 なぜなら誰一人として、その根本にある「悪しき習慣」に本気で向き合わなかったからです。 「資本力のある人だけが目指すべきだ」という前提、 学歴至上主義によって人格資本や継続力を評価しない慣習、 心理的安全性の欠如による若手の意見採用や柔軟な採用活動の停滞。 こうした構造は温存されたままでした。
さらに、需要がある限りフライトスクールや大学は安泰であるという幻想。 その前提が供給構造の再設計を遅らせてきたのではないか。
本当に必要なのは、量の拡大ではない。 「仕組みと構造」の再設計—— 訓練の効率化と採用の流動化であると、私は考えています。
資本力への偏重
20年前も今も、パイロット(ここでいうパイロットとは、事業用操縦士免許を取得し、職業として働く人を指します)になるには高額な費用がかかることが広く知られています。 しかし、なぜ「訓練費を下げる方法」を誰も提唱せず、プロダクトとしてもリリースされないのでしょうか。
私は、それこそが業界の悪しき風習——「過去に私たちも苦労したのだから」という同一視・同調圧力的な発想——に根差していると考えています。 航空大学校や自社養成はこの仕組みから少し外れるように見えますが、航空大学校であれば国が、自社養成であれば会社が費用を捻出しているだけで、根本は同じと言えるでしょう。
資本力が学力であり、学力が資本力であるかのような錯覚を“当たり前”として受け取り、業界はここまで来ました。 もちろん、採用の観点や安全性、組織の基盤として、それらを真っ向から否定する気は毛頭ありません。 しかしいつからか、パイロットの本質や能力を測る基準が資本力や学歴にすり替わり、 さらには「パイロットの言うことは正しい」とまで捉えられる空気が強まってしまったのです。
今も残る学歴至上主義
形式を重視すること自体は否定しません。一定の学歴や学力は、定量評価を行ううえで必要です。 しかし本来測るべきである人格資本(覚悟、継続、貢献、適応力、敬意)を十分に測らないまま、 評価の軸が偏っていることも、パイロット不足の原因の一つだと考えています。
一概には言えませんが、学歴の高さと社会への適応力は、必ずしも比例しないようにも感じます。 これらの問題は採用企業が悪いというより、習慣として、文化として強く根付いている以上、 どうしても切り離しにくい——という悩ましい現実でもあります。
心理的安全性の欠如
日本でもここ数年、この言葉が浸透してきましたが、若手の意見が採用されにくく、 柔軟な採用や育成の発想が生まれにくい古い体質から脱却することは、 人材の流動化や、パイロットを目指す人の母数を増やすことに直結すると考えています。
教官が偉いのでもなく、訓練生がお客様なのでもなく、現役パイロットが偉いのでもない。 すべての人と環境が、自らの業界の課題解決に取り組める心理的安全性こそが、 これからの業界の発展に不可欠だと考えています。
安泰思想
パイロット不足は、ある視点で見れば高単価なビジネスモデルになります。 しかしその一方で、「需要があるからフライトスクールや大学は安泰」という幻想が意思決定を鈍らせ、 安全意識の向上、集客のための改善、効率化のための対策などを何一つ行わないまま、 潰れていくフライトスクールも少なくありません。
こればかりは経営陣の意識の問題かもしれませんが、本来フライトスクール事業は「儲かりません」。 これは断言できます。様々な国で単価やモデルを見てきましたが、売上5億円に対して最終的な粗利は正味1000万円程度です。 もちろん例外やキャッシュポイントの作り方で変動はしますが、「訓練」という部分にフォーカスすると、 高単価で薄利な商売なのです。
だからこそ、覚悟のある経営者であり、業界の構造を変えたい、解決したいという意識が必要なのです。