私たちはこれまで、多くのパイロット育成の現場を見てきました。
現役のパイロット、資格を持ちながら働けていない有資格者、フライトスクールの教官、整備士、運航管理者――航空業界を構成する様々な立場の声と現実に触れてきました。
世間では「パイロット不足」という言葉が年に数回ニュースとして取り上げられる程度かもしれません。
しかし現場では、すでに制度設計と育成構造の歪みが顕在化し始めています。
問題は単純な“数”ではありません。
パイロットもまた、医師や弁護士、タクシー運転手や高層ビルの清掃員と同じく、制度の中で働く一人の人間です。
数を増やすことだけに焦点を当てた政策やビジネスモデルは、構造的な矛盾を拡大させる可能性があります。
では、この問題をどう捉えるべきか。
そして、なぜ私たちは「誰を救わないか」という結論に至ったのか。
本稿では、その出発点となる経営哲学と思想について整理します。私たちはこの姿勢を一過性の主張としてではなく、事業運営の根幹として貫いていきます。
パイロットを目指す上で、最も大きな障壁となるのは訓練費です。
私立大学では2,500万〜3,500万円程度、海外留学でも1,500万円前後が必要となるケースが一般的です。
この金額は、学力や適性があっても資金面で断念せざるを得ない層を確実に生み出します。費用という壁によって、本来空を目指せた可能性のある人材が排除されている現実は否定できません。
一方で、十分な資金を持って訓練に臨む層にも明確な分岐が存在します。
私たちの現場経験上、大きく分けると二つの姿勢に分かれます。
一つは「覚悟を持って臨む人」。
他責にせず、自らを律し、周囲への敬意を忘れない姿勢を持つ人材です。
もう一つは「消費者として訓練に参加する人」。
費用を支払っている以上、結果は保証されるべきだという意識が強く、困難や停滞を外部要因に帰属させがちな傾向があります。
これは特定の制度や養成機関の問題ではありません。
自社養成であれば安全、航空大学であれば正解、といった単純な整理では説明できない現象です。
実際に、航空大学校においても訓練進捗の停滞や計画通りの修了に至らない事例が散見されます。
航空大学生、100人超が待機 パイロットの訓練に遅れ
教官や関係者の努力とは別に、制度設計そのものが時代との適合性を失いつつある可能性は否定できません。
さらに重要なのは、「訓練生に問題はなく、教える側に責任がある」という単純な構図ではないという点です。
過去の事例を分析すると、むしろ優秀であるがゆえに挫折や衝突を生むケースも存在します。
問題は個人の能力の高低ではなく、制度と適性のミスマッチです。
時代・構造・仕組みを再定義しなければ、この歪みは拡大し続けるでしょう。
私たちはこの現実を直視した結果、「誰を救うか」ではなく「誰を空に上げるべきではないか」という問いに向き合う必要があると考えるに至りました。
これまで累計300名近い方々からパイロット志望の相談を受け、数十名を実際に海外へ送り出してきました。
その過程で、ある仮説に行き着きました。
それは「過度な支援は、努力と才能を消費する可能性がある」ということです。
私たちはこれまで、訓練や生活に集中できるよう、煩雑な手続きや調整業務を可能な限り代行してきました。サービスとしては正しい行為です。しかしその一方で、本来本人が通過すべき問い――
- なぜ自分はパイロットを目指すのか
- どういう制度や構造で資格が成立しているのか
- 何が自分の責任で、何が環境要因なのか
こうした根源的理解を持たないまま訓練に進むケースも見受けられました。
パイロットという職業は、判断力・決断力・適応力といった非認知能力が極めて重要な世界です。本来であれば、制度理解や自己責任の経験そのものが、それらを育てる一部になるはずです。
しかし、過度に整備された支援環境は、短期的な効率を上げる一方で、将来的な壁への耐性を弱める可能性があります。
私たちは、一定の層において「支援が将来的な挫折確率を高めるのではないか」という仮説に至りました。これは個人の資質を否定するものではなく、仕組みと支援設計の問題です。
私たちが行き着いた「誰を救わないか」という結論は、挑戦の機会を奪うという意味ではありません。
それは、業界の安全と未来を守るための、責任ある選別行為だと位置付けています。
闇雲に送り出すのではなく、
- 最後までやり抜く覚悟があるか
- 困難を他責にせず引き受けられるか
- 業界全体の発展に資する意識を持てるか
これらを問い続けることこそが、世界に通用するパイロットの条件であると私たちは考えています。
企業として見れば、より多くの留学生を送り出すことは売上や利益の拡大に直結します。しかし、それが短期的な合理性であったとしても、長期的視点では業界基盤の脆弱化につながる可能性があります。
私たちは、量の拡大と安全思想は常に両立するとは限らないと考えています。
私たちは夢や希望を売る会社でありたいとは考えていません。
空に上げるべき人間を見極め、その責任を引き受ける会社でありたいと考えています。
そして、航空業界が国境を越えて安定的に人材を循環させ、挑戦できる裾野を持つ産業へと進化することに貢献したいと願っています。