なぜパイロットは社会性を失うのか

なぜパイロットは社会性を失うのか

なぜ私は「パイロットは社会性がない」と言うのか

ここで誤解してほしくないのは、これはパイロット個人を批判する言葉ではないということです。むしろ私は、彼らが置かれている環境そのものに問題があると考えています。

パイロットになるための訓練は非常に厳しく、しかも長いのが特徴です。膨大な時間、資金、努力を費やし、最終的に操縦席に座れるのはほんの一握りにすぎません。

つまりパイロットとは、ある意味で社会のトップ数%の競争を勝ち抜いてきた人間でもあるのです。

この事実は、努力の結果として正当に評価されるべきですし、その過程で生まれる自尊心や誇りも決して悪いものではありません。

しかし同時に、この構造は副作用も生み出します。それは、人生における失敗や挫折を極端に避ける文化を作り出してしまうということです。

航空業界は「失敗しない人間」を作ろうとしてきた

航空業界では長い間、次のような価値観が強く求められてきました。

常に正しくあること
判断を誤らないこと
責任を完全に果たすこと
常に安全を守る存在であること

もちろんこれは航空安全のために必要な文化です。

しかし、この価値観はいつの間にか

人格の完全性

まで求める空気へと変化していきました。

その結果、パイロットは無意識のうちに次のような思考を持つようになります。

常に正しい立場で発言しなければならない
悩みを相談するべきではない
弱さを見せてはいけない
失敗はキャリアの終わりになる

こうした空気は、本人が意識していなくても 社会との距離を生み出してしまいます。

社会性とは「他人の人生を理解する能力」

社会性という言葉は様々な意味で使われますが、私が考える社会性とは「人と関わる能力」ではなく「他人の人生を理解する能力」ではないかと思っています。

ここでいう「人生」とは、生い立ちや経歴そのものではありません。他者の考え方や価値観、物事の捉え方に対して理解を示すことです。

しかし航空業界では、操縦訓練、資格制度、評価制度といった枠組みの中に長く閉じ込められることになります。その結果、社会の外側を知る機会はどうしても少なくなります。

もちろんこれは一概に悪いことではありません。自らの専門領域を徹底的に磨くことは航空安全に直結するため、その価値を否定するものではありません。

しかしその結果として、次のような状態が起こりやすくなります。

  • 他の仕事を知らない
  • 金融や生活に関する知識が薄い
  • 社会の多様な価値観を知らない

これは個人の能力の問題ではありません。むしろ、環境が作り出す構造的な問題だと私は考えています。

精神問題の背景にあるもの

過去に精神的な問題が事故に関係した事例を見ていくと、いくつかの共通点が見られます。

代表的なものとして挙げられるのは、

  • ギャンブル
  • 借金
  • 家族関係

しかし世間や組織では、しばしば次のような見方がされます。

  • ギャンブルは悪
  • 借金は自己管理不足
  • 酒は問題行動

このような断罪的な捉え方は、結果としてパイロットをさらに追い込んでしまうことがあります。

しかし視点を変えてみると、まったく違う状況が見えてくることもあります。

  • 家庭の問題で精神的に追い詰められていた
  • ストレスの逃げ場がなかった
  • 誰にも相談できなかった

つまり本当に断つべきものは、酒でもギャンブルでも借金でもありません。
断つべきは「孤立」なのです。

心理的安全性とは「弱さを話せる環境」

もし現場に心理的安全性が存在するのであれば、悩んでいる人に対して次のような会話が生まれるはずです。

  • 「私も辛い時期があった」
  • 「でも、あなたはその時の私より辛そうだ」
  • 「一度、専門家に相談してみないか」

そこにあるべきなのは、飛べなくなる不安や資格を失う不安ではありません。

まずは周りに味方がいて、自分の力になってくれる人がいる。そういう環境があることを示すことではないでしょうか。

航空安全を守るためには技術や法律も必要です。しかし最後に人を支えるのは、制度ではなく人間の深層心理にある「安心感」なのではないでしょうか。

精神的要因が関係した航空事故

精神的な問題が航空事故の背景にあったとされる事例はいくつか存在します。ここでは代表的な3つの事故を紹介します。

Germanwings Flight 9525(2015年)

フランス・アルプスで発生した事故。副操縦士が機長をコックピットから締め出し、意図的に機体を降下させ山に衝突。乗員乗客150人全員が死亡しました。

事故後の調査で、副操縦士は重度のうつ病の治療歴があり、医師から「勤務不可」とする診断書を受け取っていたことが判明しました。しかしその情報は航空会社に共有されていませんでした。

事故の詳細を見る →

日本航空350便墜落事故(1982年)

羽田空港への着陸直前、機長が逆噴射装置を作動させたことで機体が海面に墜落し、24人が死亡しました。

事故後の調査では機長に精神的な問題があった可能性が指摘され、日本の航空業界において操縦士の精神状態と航空医学の在り方が大きな議論となりました。

事故の詳細を見る →

LAMモザンビーク航空470便墜落事故(2013年)

ナミビアで発生した事故で、機長が意図的に高度を下げ墜落させたとされています。乗員乗客33人全員が死亡しました。

調査では機長が家庭問題などで精神的に大きなストレスを抱えていた可能性が指摘されました。

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